整体師(療術師)の資格は?

 

整体とは、疾病の予防または治療を目的として人体外表を手指をもって押擦、圧迫、柔捻、屈曲、回転などの運動により調整し自然治癒能力を促し、疲労を除去し健康を増進するものであるとされています。
民間療法として発生したものが、欧米のカイロプラクティック、オステオパシー、中国の推拿(すいな)等の技術を取り入れ、民間レベルの養成機関が教育を行い、多くの民間資格者を輩出しています。

 

カイロプラクティック (Chiropractic)

アメリカの民間治療家デビッド・パーマーが、オステオパシーを学んだ後に、1895年アイオア州ダベンポートでカイロプラクティックを発表し、教育を始めた。彼の脊椎矯正技術をカイロプラクティック(カイロ=手、プラクティック=技)と呼んでいます。
アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、EU諸国など約40カ国では法制化されている。

 

アメリカにおいては、四年制の大学を卒業したのち、カイロプラクティック大学で教育を受け、ドクター・オブ・カイロプラクティック (Doctor of Chiropractic)(D.C)職業学位(First professional degree)が取得できる。
イギリス、オーストラリア、スイス、デンマーク、南アフリカ、ニュージーランド、マレーシアなどのカイロプラクティック学科のある大学では、卒業時に、DC号ではなく、修士号または学士号の学位が取得できる。卒業後、カイロプラクターとして働くには、各州もしくは各国のカイロプラクティック資格試験に合格しなくてはならない。
特に、脊椎(頸椎、胸椎、腰椎)に対するアジャストとかスラストと言われる瞬間的な矯正方法は、技術の習得が難しいです。

 

日本にカイロプラクティックが入ってきたのは大正5年(1916年)のことです。
柔道家の川口三郎氏がその先駆者です。日露戦争後の1905年、アメリカのルーズベルト大統領の招きで柔道の講師として渡米した。
器具を使わずに骨格を矯正、体の痛みやしびれを取り除くカイロプラクティックの素晴らしさに、パーマー大学に入学。カイロプラクティック漬けの生活を送り、大学を卒業。帰国して横浜で開業した。

 

アメリカに留学してDCの称号を取って帰った日本人もかなりいます。

 

オステオパシー (Osteopathy)

オステオパシーは、本来骨の病気を意味するギリシャ語に由来しているが、現在オステオパシーによる治療は、内臓や神経などの機能障害を対象とした機能額のニュアンスが強い。
1874年、オステオパシーを発表した外科医アンドリュー・テイラー・スティル (Andrew Taylor Still)医師は、人体の構造と機能は相互依存関係にあり、異常構造は体循環に悪影響を及ぼすと考えた。
カイロプラクティックが健康な組織に重要な要因は神経機能であると主張しているのに対し、血液供給に注目しているのがオステオパシーだ。
オステオパシーのスクール第1号は1892年のアメリカン・スクール・オブ・オステオパシー(現カークスビル・オステオパシー医科大学KCOM)だ。

 

アメリカではオステオパスはドクター・オブ・オステオパシー(Doctor of Osteopathy)(D.O.)と呼ばれる第一職業学位(First professional degree)・称号を有し、西洋医学医師(M.D.)と同様に正規の医師である。D.O.はすべての州で「医師免許」を認可されており、西洋医学医師(M.D.)と全く同等に「診断・外科手術・処方・投薬」等の全ての「医行為」が認められている。

 

1981年、ローレンス・H・ジョーンズ博士によって発表され、背骨の椎骨矯正(ついこつきょうせい)に一大革命をもたらしたソフト矯正「ストレイン&カウンターストレインテクニック」を学びに行った人たちによって、再認識された。その後、アメリカに留学してDOを取得している人もいます。

 

オステオパシー・テクニックを代表するクラニオセイクラル・セラピー(Craniosacral therapy、頭蓋仙骨療法ずがいせんこつりょうほう)も、生理的調整法の一つで、ジョン・E・アプレジャーDOによって開発された。
頭痛、目まい、無気力感、イライラといった現代人を悩ます不定愁訴に抜群の効果を上げるが、脳脊髄液の循環不良が起因しているとみなす。
頭蓋骨は23個の骨がパーツとなって互いに動いている。ところがこの可動性が悪化すると、脳脊髄膜をおおう硬膜にねじれが生じる。ねじれた硬膜を修正して良好な脳脊髄液の循環を取り戻そうというのがクラニオセイクラル・セラピーです。

 

カイロプラクティックがあくまで骨を対象としているのにたいし、オステオパシーは神経・骨格・筋肉への働きかけがターゲットになっています。

 

日本ではオステオパシーはカイロプラクティックと同様に、民間の養成機関で学ぶようになる。
アメリカ以外の国(イギリスやオーストラリア、カナダなど)では、D.O.ではなく、オステオパスの学士号(Bachelor of Osteopathy, B.Ost)や修士号(Master in Osteopathy, M.Ost)が習得できる。

 

オステオパシーについては、かつてベストセラーになった『癒す心、治る力』アンドルー・ワイル著、上野圭一訳の第二章、第十六章で書かれています。

 

日本では、明治および大正、昭和初期において、手技療法関連の書物の中にオステオパシーという言葉が盛んに使われている。
オステオパシーの名称を本格的に紹介したのは、大正9年10月20日に発行された、「山田式整體術講習緑」だといわれている。
山田式整體術講習緑が発行された大正9年に、整骨の業務が「柔道整復術」として正式に国の認定を受けた年であることから、山田氏は意識してこの年に 本書を発行したとされている。
「山田式整體術講習緑」全三巻からなっているもので、第一巻はプラナ療法、第二巻は、オステオパシーの原理、そして第三巻は、精神療法になっている。
著者の山田信一氏は、芝崎という施術師から、オステオパシー療法を受け、眼病が治ったことから、オステオパシーに興味を持つようになったという。そして、アメリカのオステオパーの書籍を入手し、翻訳させ、山田式整体術の基盤をつくったとされている。

 

推拿(すいな)

中国の歴史の中で、推拿の名称がはじめてつかわれたのは明の時代。張介賓『類経』、雲林『小児推拿秘旨』の書にその名を見ることができる。三千年前の殷の時代に、推拿が治療に使われていたことが確認されている。

 

中国では明代以降、医療行為としての按摩は推拿と呼称される。
これは日本では中国整体と呼称されるものであり、現在の中国政府も公式な中医学の医療用語として「推拿」を採用している。
現在、日本国内の按摩と中国大陸の推拿は、技法は近似でも用法が全く違うので要注意である。

 

日本において中国整体という民間療法が行う技法の多くは、推拿の一部の専門手法を用いた推拿式整体療法といえる。しばしば中国整体を日本でいう按摩と誤解される場合があるが、それは按摩が推拿の技法に一番近いことも関連する。現在では、数は少ないが推拿専門の教育機関も存在している。

 

足裏マッサージ(リフレクソロジー、足裏反射区刺激療法)

名称はマッサージであるが、その手技は明確に「あん摩」そのものである。
一般人がサービス内容を理解しやすい名称としてよく使われている。
例としては中国式足つぼや台湾式足つぼや英国式リフレクソロジー等がある。
古代エジプトの壁画に施術場面が描かれている。
後に、インドや中国に伝わり、中国を植民地支配していたイギリスへ伝わった。
イギリスでは、痛みの感覚に弱い西欧人にも受け入れられやすいように、治療よりリラクセーションに重点を置く施術方式をとる。
現在、日本には大きく分けて台湾式とイギリス式のサロンがある。

 

スポーツトレーナー

スポーツトレーナーとは、プロの運動選手のけがなどの障害による障害部位以外の身体の運動能力を低下させないための筋肉訓練法や運動指導を行う者です。
運動選手、特にプロの選手は試合で自分の持っているすべての力を発揮するコンディションを維持しなければいけません。このベストなコンディションを作るという重大な任務を担っているのがスポーツトレーナーです。

 

日本では多くの整体師がスポーツトレーナーとして、試合場や練習場で活躍し始めています。

 

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